キノコが生えた。

 キノコが生えた。
 それは友達に始まり、仕事仲間、客、果ては家族にまで伝染した。特に誰も異常を訴えず、実際見た目以外の異常もなかったため何事もなく事態は進行した。次第にテレビで見る歌手や芸能人にも生え始め、街ゆく人々は皆キノコを生やしたまま生活するようになった。
 ただ自分だけが、一つも生えないままだ。
 友達には励まされ、家族にはお前は本当に人間なのかなどと罵られ、道を歩けば通り過ぎる人々に笑われているようで。地球上の全ての人間に生えてもついには自分には一つも生えなかった。何とも言えぬ孤独感がそこにはあった。
 段々と不安がつのり、病院や専門家の元を訪れたりもしたが解決策は何一つ見つからなかった。普通にしていれば生えるものなのだとそればかり言われ、遺伝子やMRIなどの検査を全て受けても通過してしまった。原因がわからないまま時間ばかりが過ぎていく。
 次第に周りの目が怖くなり、家に引きこもるようになった。
 インターネットで検索してみても自分以外に生えていない人間はいないようで、それどころかキノコ専用アクセサリーや美容液といった物が出回るようになって いた。試しにあちらこちらに同じような人がいないかと質問してきたが、いたずらだと思われたのか冗談でのってくる人かそんな人いるわけないと真っ向から否 定する人ばかりだった。人類は進化してしまったのだろうか。
 だとしたら、自分が最後の旧人類になってしまった。
 しばらくして、突如家 にテレビ局からのオファーが届いた。どこからかキノコが生えていないことが知れてしまったらしい。家族がせっかくなんだからと言うので渋々OKを出すと、 あっと言う間にスタジオに引っ張り出された。自分が世界中に配信された。生えてない気分はどうだ、いつもどんな気分で過ごしているのか、生えている人たち をどう思っているのかなどという質問が山のようにされ、最後に一言求められた。
「昔は生えてませんでしたよね。」
 それからは一瞬だっ た。家に帰ると誰も生えていない。訊けばそんなものはなかったと言われた。試しに街に出てみたが、誰一人として生えていない。友達にも会いに行ったが、 やっぱり生えていなかった。訊ねても最初からなかったとしか言われなかった。テレビをつけてみたが、画面の向こうでも誰一人として生えている人はいない。 人類は戻ってきたのだ。キノコの生えていない時代に。思わず諸手を挙げて喜ぶ。しかし友人は首を傾げた。
「しかし、キノコなんて生えるわけないだろう。翅じゃああるまいし。」
 見れば友人の背には立派な翅が生えていた。昔小学校で飼っていた立派な蝶によく似た翅だ。あわててテレビを見る。画面の向こうでは蜂やテントウ虫、カマキ リによく似た翅の生えた人たちが談笑していた。携帯を取りだしてインターネットを見ると翅専用アクセサリーや専用美容品が売られている。窓から街を見れば みな色とりどりの翅をきらめかせながら歩いていく。窓を姿見代わりにして自分を見る。
 やはり自分だけが、生えないままだ。
 世界中に生えた翅が自分にだけは生えなかった。またテレビのオファーがくる。次は何だ。翼か、それとも花か?
「お前、尻尾はどうした?」
 そんなもの、昔はなかったじゃないか。
 ああ、だめだ。また違うものが生え始める。自分にだけは決して生えない何かが。