酔狂の〇〇論

※この話は「おっさん達のスペース・カウボーイ。」と同じ彼らのものです

 一体どこで知り合ったんだったか。何となく気があって、何となく話すようになって、何となく一緒にいるようになって、何となく互いの家に行くようになって。気がついたらこんな風になっていた。まあ、歳のいったおやじの記憶力なんてそんなもんだわな。とにかく、俺とあいつは馬が合うのだ。
「なあ」
「おう」
 普段他人から頼られっぱなしでおちおち休んでもいられない自分にとって、頼られもしない頼る必要もない相手と一緒にいるのは物凄く居心地が良い。何も考えなくてもいいから、楽と言った方が近いのかも知れない。独りでいるより大勢でいるより、こいつといるのが一番落ち着く。これで相手が美人の女なら一緒になってしまってもいいくらいだな。こんな気のいい出来た女はそうそういないだろう。現実は残念ながら筋肉のもりもりついたおっさんなわけだが。
「てめェが美女ならなァ」
 そう呟いたのは相手の方で、同じソファの反対側で透明なグラスをくるりと回していた。飲みかけの安いチューハイが光る。だいたい考えてる事は変わらないな。別段本気で言う訳もなく、ただそう思うだけだ。
「でも俺が女でも恋愛はしねえだろ?」
 そう返すとこいつは口角をあげる。まあ、考えてる事なんざ変わらないのだ。
「そりゃァな。何が悲しくててめェに恋しなきゃなんねェんだ。」
 恋する女と連れ添う女と抱く女は別がいい。恋した女は綺麗な姿だけを見るものだし、連れ添うには少し飽きる。連れ添う女は刺激はねえが飽きねえし落ち着く。それを全部分けられないか揉め事にしてしまう男は身を滅ぼすか、何の面白みもない人生を過ごすだけだ。どっちも俺は御免だけどな。つまり、お互いに飽きないし落ち着く存在なのだ。
「恋愛するなら今のままでも充分だァな」
 残りのチューハイを飲み干して、相手が言う。色恋沙汰の相手が男の場合は知らねえな。男も女も単純だろうが、方向が違うとどうもわからない。だいたい、同性と恋愛する趣味も連れ添う趣味も、ましてや寝る趣味も無い。
「バカ言え、俺はてめえみたく両刀じゃねえ」
 眉間に寄った皺を隠さず言ってやると、相手は口角を引き、独特の笑顔を作る。こういう時ばっかりてめえは、そういう笑いをする。俺がてめえと同じ趣味でも、越えるつもりも無いだろうに。
 目の前にあった缶を手に取り、プルタブを起こす。プシュッ、と炭酸の抜ける音と缶の開くカリリという音が同時に響く。空いたグラスについでやると、相手はそのまま礼も無くグラスを掲げた。
「まァ、じゃア同性であったことに感謝のひとつでも述べようじゃねェか。」
 この酔狂な真似に、そうだな、とだけ返して同じようにグラスを掲げる。バカみたいに歳をとったバカみたいな男どもと、それからバカみたいな神様に。肩をすくめても、バカバカしさににやけた顔は隠せなかった。
「乾杯。」
 上の方で、ガラスのぶつかる涼しい音が鳴り響いた。